大阪市街 電車唱歌


 大阪市電の2期線開通の1908(明治41)年8月1日に、新作唱歌が大阪ホテルで発表されました。題名は「大阪市街 電車唱歌」といいます。
 作詞は「鉄道唱歌」で有名な大和田建樹、作曲は童謡「金太郎」「浦島太郎」で有名な田村虎蔵で、歌詞は歌いやすい七五調です。鉄道唱歌と同じく市電の停留所、沿道風景が巧みに歌込まれています。
 このページでは、その歌詞を紹介します。

大阪市街 電車唱歌
作詞:大和田建樹 作曲:田村虎蔵
一、 春咲く花の梅田より
    乗り出す電車心地よく
   曾根崎新地打ち過ぎて
    行くや堂島、中の島

二、 ここには公園名も高く
    土佐堀、江戸堀打ち渡り
   京町橋の東には
    夜店繁華の御霊あり

三、 靫の東に北御堂
    阿波座の東に南御堂
   何れも参詣数多き
    一向宗の掛所なり

四、 新町過ぎて四橋の
    風景一目に見え渡る
   線路もここは交差点
    水は十字に流れたり

五、 それより東に佐野屋橋
    心斎橋を眺めつつ
   末吉橋まで行く道の
    落成見るも遠からじ

六、 長堀過ぐれば北堀江
    下車して人の詣づるは
   其名も尊き阿弥陀池
    天台宗の御寺なり
 
七、 見物四時を賑ふは
    道頓堀の五芝居
   乗客日夜絶えざるは
    出で入る汽車の湊町

八、 大阪相撲の大場所も
    難波市場もほど近く
   新川橋のほとりには
    黄檗著名の鉄眼寺

九、 大阪附近に聞えたる
    住吉浜寺和歌の浦
   見に行く人の乗り下るる
    処は難波の停車場

一〇、今宮恵美須に参詣の
    老若群集す恵美須町
   はや終点と呼ばはれて
    下車して名所を見廻らん

一一、安井、清水、一心寺
    歴史を語る茶臼山
   四天王寺の空遠く
    仰げば五重の塔高し

一二、又電車にて立ち帰る
    西長堀の変圧所
   ここは特殊の軌条にて
    ダイヤモンドの名もしるし

一三、宇和島、富田屋、問屋橋
    白髪、鰹座打ち過ぎて
   玉造橋の南には
    土佐の稲荷の社あり

一四、御代の栄の色深き
    松島、千代崎、身禊橋
   天満天神御旅所は
    あれよと誰も伏し拝む

一五、築港行もにぎはしく
    ゆけば九条の発電所
   行く手に響く体操の
    声は市岡中学校

一六、磯路まぢかく来れども
    波は音せぬ夕凪や
   さす朝潮の心地よく
    浮ぶ千舟の帆は白し

一七、三条過ぎて行く程に
    大阪湾の海見えて
   はや築港の桟橋に
    とまる電車の速かさ

一八、天保二年の春の頃
    全市の川の土砂を
   積みて築きたる天保山
    燈明台の名も高し

一九、今は明治の聖代に
    海上一里埋め立てて
   港作りし大工事
    茅渟(ちぬ)の浦風身に清し

二〇、今日の半日の隙を得て
    広き市内を縫横に
   延るは御代の御恵ぞ
    唯それ電車の恩徳ぞ
           (終)

  追加訂正の部
一、 同じ

二、 東に望む大江橋
    そこまで電車の道開け
   島の出先は公園地
    名高きところは豊国社

三、 また二丁目に立ち帰り
    土佐堀、江戸堀打渡り
   京町橋の東には
    夜店繁華の御霊あり

四、五は旧の三、四に同じ

六、 それより東に佐野屋橋
    心斎、三休、長堀の
   橋橋過ぎて板屋橋
    末吉橋こそ終点よ

七、旧の六に同じ

八、以下同じ(二十一節となる)

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